大学4年生の頭

自然との関わり方を模索し、自分の生き方を記録する。

考えつづけるためにはどうするか。

 

 

いざわしゅんきです。

 

先月、東京から三重県南伊勢町の漁村に引っ越しました。

海に出て仕事をする毎日は繰り返しで、1日のサイクルが安定に向かいつつある。

 

今日は、漁村の暮らしを営むなかでふと感じたことをシェアします。

 

f:id:izawashunki:20180214195448j:plain

  

夢への階段を上っているのに。

 

自分の「生き方」を実現するための、大学卒業後の進路選択。学生生活を通して、「頭の中」で考え続けてきました。

 

考えることと、ちょっとした「体験」しかできない学生という身分が嫌いで、活動を伴った言葉を発信できる人間に憧れていました。

 

 

ようやく自分の肩書きを手に入れることができる。

それも、今まで自分が目指してきた「自然との関わりを大事にできる」仕事。

 

体験を超えた「暮らし」に、僕は満足しているのですが…。

  

自分の名刺を持ち歩く

 

学生の頃、将来の夢を語ることはよくありますね。

学生は学生なりに考え、心のなかで抱く夢を伝えるのです。

 

「将来の夢の答え方」と題した記事を、去年書きました。

izawashunki.hatenablog.com

 

これを書いた頃僕が想像していたことは、学生の頃は夢を聞かれ、社会人になれば仕事の内容を聞かれるようになるということ。 具体的に例えるなら、飲み会で多々見かける「名刺交換」がわかりやすい。

 

自分もその一員になることにワクワクしていたわけですが、どうやらそこに至るには、もう一つの段階を通り抜けなければならないということを知りました。

 

「なんでまた漁業?」 

 

大学4年生。

卒業を1か月後にして聞かれるのは、なぜその選択をしたのかということ。

 

進路を選択すれば「将来何になりたいの?」という地獄の質問から逃れられると思っていたけど、結局その質問は「なんでまた◯◯に?」という質問に置き換わっただけ。

 

僕はやっぱり質問にうまく答えられず、曖昧に言葉を濁してしまう。

 

選択に生じる「責任」

 

「なぜ」という質問から逃れられる時。

そんな「時」は一生来ないはず。

 

早稲田大学法学部を卒業して漁師になる。

 

畑違いもいいところ。

経歴を繋げるためには、僕自身が相手に語るしかない。

 

だから僕は、この質問に答えられるようにならなければならない。

自分自身の決断を説明し続ける責任がある。

 

でも、もしかしたらこれは良いことなんじゃないか?

 

問いかけが、考えるきっかけを与えてくれる

 

生き物を相手にする仕事だから、自然に合わせる形でその日ごとに作業は変化する。

ただ、幅広くいって一次産業の現場は肉体労働と単純作業が基本。

 

日常が繰り返される。

そして自分自身もその暮らしに満足している。

 

こんな状況は、人間から考えるきっかけを失わせていく。

 

「なんでまた漁業?」

 

この質問に巡り会わせたときに、

 

「あれ、なんでだったけ……」

 

なんてことになりかねない。

 

だから、質問してもらうことによって、自分自身の決断を自覚し続けることができる。

 

 考えて行き着いた選択は、考えないとなくなってしまう

 

人生を選択するときに大事にすることは人それぞれだけど、僕の場合は、理想の暮らしを実現するためには何をすべきかをを頭で考えることで、将来の夢を決断してきました。

 

だから、考えることをやめてしまったら、夢や目標をもてないどころか、なぜこんな暮らしをしているかということすらわからなくなる。

 

考えつづけることによって、僕は本当に自分の暮らしに満足することができる。

 

その機会を与えてくれる「なんで?」に、ちゃんと向き合って、学生が終わっても夢をもちつづけたい。

 

そんなことを頭の片隅で「考え」つつ、明日からも毎日がんばっていこう!

 

f:id:izawashunki:20180214214821j:plain