大学4年生の頭

人間と自然との関わりを探す、一次産業志望の大学生ブログ。テーマはこれからの社会と生き方。

将来の夢の答え方

 

こんにちは。モスバーガーでチーズバーガーを食べています。

今日は「将来の夢」について。僕の夢ではありません。将来の夢とは何かという話です。

 

大学4年生になって、会う人ごとに将来の夢を聞かれるようになりました。

繰り返し聞かれていることなのに、いまだに僕はその質問の答えがわかりません。

 

「どうして周りの人は、こんなに難しい質問を平気でしてくるんだろう」

質問に答えられない自分と向き合うなかで、一つ気付いたことがありました。

 

将来の夢を語ることの重みが、自分のなかで強すぎる。

 

僕はいわゆる「就活」をしない選択をしました。考えた上の決断でしたが、他人からは当然「就活をしないなら別にやりたいことがあるんでしょ」という目でみられます。それをプレッシャーに感じるようになりました。

 

「将来何がしたいの?」

 

何度も聞かれるから、ちゃんと返事がしたい。いや、自分なりに考えて決めたことだったからこそ、答えられないのは悔しい……。

僕にとってこの質問に答えるということは、相手を納得させる以上に自分の人生の選択に自分が納得することでした。

 

仕事=将来の夢

 

「一次産業に就きたい」

僕がこれを言い始めた理由を説明するために、日常を振り返ってみます。

 

あなたが社会人、つまりお仕事をされている方と会ったとき、最初に聞くことは何でしょうか。当然名前は聞くとして、おそらく次に聞くのは、仕事ではないでしょうか?

 

「お仕事は何をされているんですか?」

 

僕は、この質問が、社会人版の「将来の夢は何ですか?」だと思っています。起業家などの一部を除けば、社会人に対して将来何がしたいか聞くシチュエーションってあまり遭遇しない気がします。

 

もしそうだとしたら、学生に将来の夢を聞く大人の真意は、将来何の仕事に就きたいかを知ることにあるということになります。

 

詳しい話をこの記事でしませんが、僕の将来の夢は百姓になることです。百姓とは、暮らしを自分でつくる力のある人間のことを意味しています。

でも、この夢を語ったところで受け入れてもらえない。なぜなら、大人が聞きたいのは僕が何の職業に就きたいか、そしてどうお金を稼ぎたいかだからです。

 

だから、僕は「一次産業に就きたい」と答えるようになりました。

 

大人には夢がないのか。

もし将来の夢がもっぱら仕事を指すのだとしたら、就活が終わった時点でその人の将来の夢が終わってしまうっていうことですよね。

うーん。どうなんでしょう……。おそらく表面上は「夢」という言葉を装っていないだけで、仕事の範囲を超えて「やりたいこと」があって、それが大人にとっての夢に該当する。そうだとしたら、「将来の夢」の先にも「夢のようなもの」があるということです。

 

夢は連鎖する

おおよそ将来の夢は、語っている本人からすれば叶えることを前提としている

 

もしそうだとすれば、将来の夢とは、人生において通過点でしかないことになります。言い換えるなら、将来の夢を叶えた先に次の将来の夢があるべきです。その夢の先にも、そしてその先にも……。

 

夢が連鎖するものならば。僕は将来の夢それ自体よりも、叶えた先にある人生を考えることこそ重要ではないかと思うんです。

 

僕の人生に置き換えて考えてみるとします。

将来の夢は百姓になること。では、その先は……。

 

最終的にどうありたいか

百姓になったその先の夢を考えても、思いつくことがありません。

現状僕にとって最上位にある夢が百姓だからという捉え方は正しいと思います。

ももう一つ、考え方があります。

 

「〜になる」という夢を叶えた上で、「〜である」という状態を目指す。

 

「百姓になる」という夢は叶います。でも、「百姓である」という夢は、百姓になった後も一生続きます。つまり、夢の最終形態としてあるべき形は「〜である」。僕にとっての「将来の夢」とは、そういうものなんじゃないかと思っています。

 

f:id:izawashunki:20170714125011j:image

将来に続く橋的な(写真不足)。

 

「将来何がしたいの?」

 

この質問に答えられるようになるために、このブログを始めました。今まで感じてきたことをまとめるつもりが、書きたいことは増えるばかりです。

 

もう少し、自分の頭の中と向き合いたいなー。

今日は以上です。